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大内山隕石事件

大内山隕石(?)事件の紹介



 気分転換に、今から30年近く前の、

 一部研究者をさわがせた「大内山隕石事件」を紹介します。



 下の岩石を見てください。

 普通の石には見えないでしょう?

 焼けただれたような形跡があり、どうも自然石ではないようです。

 これは父親が1981年に、人里はなれた、標高500メートルの林の中で見つけたものです。

 ひとつだけ、ポツンと地表面にあったそうです。

 

 



 



 裏面の一部がカットしてあるのは、将来置物にしようと考えたからです。

 



 



 この石が、どういう経緯かは知りませんが、

 当時、三重県立津西高校の地学の先生をしておられた

 磯部克先生のもとに届けられました。

 先生は、過去に2000点の岩石を検鏡してきた経験から

 隕石ではないかと疑われました。

 先生は、すぐに横浜国大の島誠教授や、日本地学研究館長の益富寿之助氏に鑑定を依頼されました。

 しかし両先生の結論は、いずれも鑑定不能という返事でした。



 ここで磯部先生は、「未完成な論文」とことわった上で、途中経過を

 津西高校の「紀要」(No9)に発表されました。

 そこには、隕石であるに違いない、というロマンと確信めいた雰囲気が漂っていました。

 

 



 



 その後先生は、国立科学博物館の研究員である島正子先生に鑑定を依頼されました。

 島先生は、隕石に関する日本のエキスパートです。

 父親が発端で、えらいことになってしまいました。

 さて、結果はいかに・・・・・?

 

  



  



  



  



 γ線のスペクトルで、26Alのピークが出ないので、

 「隕石ではありません」のつれない回答でした。

磯部先生は、さぞかしがっかりされたことでしょう。

これが「大内山隕石事件」の顛末です。



 日本の一部研究者を巻き込んだ、「迷惑事件」でした。

 

 でも父親は、いまだに「隕石であるに違いない」、と信じ

 家宝のように大事にしまってあります。





 

 



 




 追記

 貴重なコメントをいただきました。ありがとうございます。

石を発見してから鑑定まで年が経過しており、しかも相当ゴシゴシと磨いたりしておりますから、鑑定には悪条件のようでした。磯部先生も、当時の手紙によれば、鑑定に相当時間がかかり、しかも最終の機器まで用いてもらって満足です、とコメントされていました。しかも、なぜあのような石が山中にあったのかは、以前謎である、解明したい、と豊富を述べておられました。その結果はどうなったのでしょうか。

 

 



 
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プロフィール

    「ぎーやん」

Author:    「ぎーやん」
 定年を待たずに退職し、長年の夢だった「自給自足的生活」に、無謀にも挑戦しています。
 たった一人で、日夜、鳥獣と格闘しながら、「クーバフアーム」と名付けた里山を、試行錯誤しながら、切り盛りしています。場所は三重県の山奥。奥伊勢の一角です。
 おかげで今や、スリムな肉体に大変身。この1年で、10キロの体重減。なにやら栄養不足の影の声も・・・チラホラ?
 毎日を、上の写真のような笑顔ですごしたいものですネ。
この似顔絵は、元同僚の、招来猫子さんの作です。

連絡先 
(メール) giyan@ma.mctv.ne.jp   
   クーバフアーム所長   まで。

 

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