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「チリ鉱山事故」に思うこと。

   チリ鉱山事故」からの生還。オメデトウ!
          問題は、この後ですネ。


寒くなりましたネ。
来るべき冬に備えて、クーバフアームでは、準備に余念がありません。
まずは、「薪作り」の真っ最中です。
量が多いので、電動チェンソーを使っています。

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休憩の合間に、チリ鉱山事故と、その後の経過を、時々テレビで拝見しておりました。
それにしても、よくぞまあ、生還したものですね。
そのことについては、素直に、オメデトウと言いたいです。

700メートルもの地下に、人間がもぐり、金や銅を掘っていたなんて、初めて知りました。
鉱山というのは、どこでも、そんなもんなんでしょうか?それとも、別格?

私なんぞは、40メートルの木に登るだけでも、皆からあきれられていますが、
700メートルというのは、東京タワー(333メートル)の倍ですからネ。想像もできません。

しかも何もない地下で、70日間も過ごすなんて、信じられない!
トイレはどうしていたのでしょうかネ?

私の最大の関心は、トイレです。

震災時におけるトイレの問題は、私の最大の関心ごとでした。
震災のときに、一番の問題点がこれだと、いつも思っているので。
だから、トイレ関連の本は、かなり持っています。

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一番、関心したのが、この本です。
クーバフアームのような山奥ならば、ぜんぜん問題はありません。
その辺にすればいいのですから・・・?
でも、大阪なんぞでは、さあ、大変ですよ。
あなたは、そんなことを考えたことが、ありますか?
一度、考えてみてください。

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読み物としては、次の二冊が、面白いですよ。
世界各国の、トイレ文化の違いが、痛快です。

私も、一度ベトナムの、かなりの地方でトイレに入ったとき、さっぱり要領が得ず、
そのまま、我慢して出てきたことがありました。
腹痛でしたので、全身冷や汗をかいた苦い経験があります。
言葉もわからなかったので、説明の仕様がありませんでした。

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さて、無事に生還した33名の鉱山労働者の皆さん、本当に、オメデトウ!。
プランBでの掘削が、33日目に貫通したとは、凄腕の掘削オペレータですね。
(どうも、3という数字が不思議に続きますね?)

私も、一度は「別世界」に行きかけましたが、無事生還した過去の苦い経験がありますので・・・。
(そのときは、倒れたのが、44歳の4月4日という、4の数字が不思議と続きましたが。)
「女神が微笑んだ」のですかネ。

問題は、この後ですよ。
すでに、鉱山労働者や家族の下には、マスコミや映画会社、出版業界等が、殺到しているとか。
マスコミは、プライバシーもそっちのけで、様々な問題を、面白おかしく、取り上げるにきまっていますから。
彼らの人生が狂わなければいいのですが・・・。

この事故を簡単に概括した新聞記事がでていましたので、転載します。
トイレのことも、触れられておりますから。

      ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
毎日新聞 2010年10月15日 東京朝刊

      チリ:鉱山落盤事故 
      33人生還 「心折れてもおかしくなかった」


 <追跡>

 【コピアポ 國枝すみれ】

 チリ北部コピアポ郊外のサンホセ鉱山落盤事故の救出作業は、作業員33人全員の生還に続き14日午前0時半(日本時間14日午後0時半)、地下に下りた救助隊員6人の引き上げも完了した。作業員の話などから、事故直後には作業員が混乱するなど、70日間に及んだ地下700メートルでの過酷な「地下生活」の一端が明らかになりつつある。

 ◇「希望」訴えつつも救出、困難さ自覚

 8月5日の落盤事故発生直後。坑内には大量の粉じんが舞い上がり、視界をふさいだ。「状況を把握するのに約3時間かかった」。33人のうち最後に救出されたリーダー役のルイス・ウルスアさん(54)が地元紙メルクリオ(電子版)に振り返った。取り乱した一部の作業員は脱出を試み、現場は混乱した。「助けは必ず来る、絶対に希望を失うな」。そう言い聞かせ、神に祈った。

 それから、長い「生還」をかけた挑戦が始まった。まずは手分けして周囲を調査し、閉じこめられたという事実を冷静に認識した。食料や水が生命線だった。「(避難シェルターに保存されていた量は)乏しかった。少しでも長持ちさせるため食事は48時間に1度しか取らなかった」

 事故発生から17日後。捜索のため、地上から掘り進められたドリルがシェルターまで到達した。8月22日午前6時のことだった。作業員たちは救出の手が届いた際の対応手順を事前に話し合っていたが、興奮して、すべて吹き飛んでしまった。「皆、ドリルに抱きつきたい気持ちだった」

 地上へ届けるメッセージを考えた。「食料を送ってくれ」「空腹だ」……。伝えたいことはいくつもあった。

 結局、ドリルにくくりつけられて地上に引き上げられたのは、7番目に救出されたホセ・オヘダさんが書いた手紙。内容はシンプルに「(33人は)全員元気だ」。

 ウルスアさんは言う。「神が届けるべきものを届けてくれた。必要なことをすべて言い表していた」

 しかし、楽観はしていなかった。作業員らは鉱山を知る者として、救出作業がいかに困難かも理解していた。ウルスアさん自身、「突然、心が折れてしまってもおかしくなかった」と当時の心境を吐露した。

 シェルターでの暮らしぶりも少しずつ伝えられてきた。地上から食料が届くようになっても作業員たちは体調管理のため食事を1日に5回に分けて生活。地下に届く支援食料は救出に備えた肥満防止のため、1人当たり1日2600キロカロリーに徹底管理された。作業員の体調を地上で把握できるよう、最先端の「生体測定ベルト」も配備された。

 閉鎖空間での70日間に及ぶ生活で最も懸念されたトイレの問題は、シェルター近くの簡易トイレで化学薬品を使って排せつ物を分解。地上から供給される水を利用して処理していた。愛煙家のためニコチンのパッチも送られていた。

 作業員らは最もうれしかったこととして、地下の様子を地上に伝える高解像度の小型カメラが届いたことを挙げている。

 地元紙セグンダ(電子版)は「悲劇の中でもユーモアを忘れさせないため、冗談や笑い話が詰まった8時間分もの映像も送られていた」と伝えた。

 ◇「予想以上に健康」--医師団

 奇跡の生還から一夜明けた14日午前、ピニェラ大統領は作業員33人が入院する病院を見舞い、握手して祝福し、全員を大統領宮殿に招待した。作業員の多くは救出時に着用していた特殊サングラスをして目を保護したままだが、元気な様子で笑顔を見せていた。英BBCによると、少なくとも2人は14日午後(日本時間15日未明)帰宅できる見込みという。

 大統領はその後、病院で会見。「我々は奇跡の中にいた」と述べたうえで、再発防止に向け鉱山の安全基準を先進国並みに引き上げることを約束した。

 33人は救出後、現場の簡易診療所から約50キロ離れたコピアポ市内の病院にヘリコプターで搬送された。経過観察のため原則2日間は入院の予定。

 診察した医師団は記者会見し、33人の健康状態が「(予想以上に)良好で驚いた」との認識を示した。ただ、数人が目や歯の治療を受け、2人が粉じんを吸い込み「けい肺症」を患っていた。

 チリは地震国であり、現場付近では作業員が地下に閉じ込められていた間にも、小規模な揺れが確認されていた。救出は「自然との闘い」でもあった。ピニェラ大統領の説明によると、一連の救出作業にかかった費用は最大で約2000万ドル(約16億円)。このうち3分の1を国営鉱山企業からの寄付でまかなうという。

 作業員たちの給与は月額約1600ドル(約13万円)。世界中が注目した今回の「生還劇」で、作業員への本の執筆依頼や映画化の話も持ち上がっており、作業員の中には「(鉱山での)仕事は続けないだろう」と話す人も多い。ます



            ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

今は、全員生還したことで、全世界がお祝いムードですが、
でも、「問題の本質」は消えたわけではありません。
これからは、チリの鉱山労働者達とその労働組合の出番ですヨ。


特にサンホセ鉱山は、閉鎖になります。地下に取り残されることのなかった230人の労働者には、賃金の支払いもありませんでした。そのために3回のデモをおこなっています。マスコミは抹殺しましたが。
生還した労働者の、今後の生活と労働の保障も問題になります。

なぜなら、今回の事故は、起こるべくして起こったものなのですから。
「偶然」ではなく、「必然」でした。
事故の「原因の追求」と、「責任の所在」を明確にすること。
これが、鉱山労働者のこれからの課題です。
さあ、腕の見せ所ですよ。

その一助となるブログがありますので、紹介して、ついでに転載しておきます。
私がいつも関心して覗いているブログ「ラテンアメリカの政治経済」です。

8月24日の記事で、若干古いのですが、しかも少し長いのですが、
本質を突いたものなので、ぜひ読んでください。

そして、同じブログで、
「チリ:サンホセ鉱山、建国200年の英雄か、新自由主義の犠牲者か(10月15日)」
という注目すべき最新の記事が書かれています。こちらは、原文を読んでください。

     ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

(「ラテンアメリカの政治経済」というブログから転載)

   チリ:サン・ホセ鉱山事故、
      生存の報道と事故の背景(8月23日)


8月5日午後2時、チリ北部のアタカマ砂漠、コピアポから45キロのサン・セバスティアン鉱山会社所有の、サンホセ鉱山において落盤が発生、鉱山労働者が700メートル地下に閉じ込められた。8月22日午後、事故発生から17日後、救援隊による直径8センチの穿孔機を使った探索において、「われわれ33人は、避難所で元気だ」と破られた紙に赤のインクで書かれた手紙がくくりつけられ、その生存が確認された。

これは奇跡的なことであり、いくつもの都市で人々はチリ国旗を手に街に繰り出し、その喜びを表した。セバスティアン・ピニェラ大統領は、現地からニュースの生中継に登場し、手紙を読み上げ、政府が救援活動をおこなっている姿勢をアピールした。サンセバスティアン会社の所有者の一人、アレハンドロ・ボーンは、「いまは責任を認め、謝罪するときではない」などと述べている。

今後の救出活動は、8月23日に穿孔機を使って、酸素、飲料水、薬品、ブドウ糖、食料を供給することから始められる。また救出のために、あらたに66センチの穴が開けられることになる。しかし救出作業が終了するまでには3~4カ月を要するという見方もあり、いまだ楽観することはできない状況にある。

今回の事故の責任が第一にサンセバスティアン鉱山会社にあることは明らかである。1995年に鉱山労働組合は、サンホセ鉱山の閉鎖を要求し、2005年労働監督局は閉山を決定した。その理由は緊急の脱出出口がないこと、換気のため煙突がないためであった。この問題はコピアポの裁判所に持ちだされた。

サンホセ鉱山は金と銅の産出で、200年以上操業してきた。現在の所有者は、マルセロ・ケメニー・ヒューラー(40%)とアレハンドロ・ボーン(60%)の二人である。かれら二人は8月5日に事故が発生してから9日目、8月13日になってようやく人々の前に姿を現した。「わたしたちにとって最も重要なことは、労働者とその家族だ」、ボーンの言葉である。ことばとは裏腹にサンホセ鉱山は事故を繰り返してきた。2004年、労働者ペドロ・ゴンサレス・ロハスの労災死から、労働組合は労働者保護の対策を裁判所に訴えたが、控訴審裁判所(CA)はこれを却下している。今回の事故の1か月前にも、労働者ヒノ・コルテスは片足を失っている。

責任の第二は、政府および関係する当局にある。2007年サンホセ鉱山の閉鎖が決定された。それがなぜか2009年、その再開が認められた。なんらの改善措置、その後の行政による監督もなく。これには鉱山会社と監督官庁のあいだでの、なんらかの利害のやりとりがあったことが充分に疑われる。ここで問題とされるのが、全国地質・鉱山事業局(Sernageomin)の果たした役割である。あるいは労働省の責任も問われることになる。Sernageomin側からは、17人の監督官が、全国約500か所の鉱山を監督しているという現状を指摘する。責任のなすりあいがおこなわれている。

政府の責任の一つは、チリが労働者保護のための国際労働機関(OIT)176条、183条など国際条約を批准していないことにある。その理由は、鉱山業の利益が減ることによる。国際条約の主要な柱は、①鉱山の保安手段について、労働者もこれに参画する、②労働する場所についての完全な情報、条件を知る権利がある、③危険な状況が察知された場合、労働組合、労使委員会、あるいは労働者自身が報酬を失うことなく、作業を中止する権限を持つ、である。

8月13日、チリの鉱山労働に関係する全国の労働組合は会議を持った。会社が政府からの援助を受け団結しているときに、労働者が分裂していてはならない。労働者たちは政党支持に関係なく、地下に閉じ込められている。労働運動の指導者たちは、8月9日、太陽の真下の砂漠の地で誓い合った。「もう失うべき時間はない」。(0789)
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プロフィール

    「ぎーやん」

Author:    「ぎーやん」
 定年を待たずに退職し、長年の夢だった「自給自足的生活」に、無謀にも挑戦しています。
 たった一人で、日夜、鳥獣と格闘しながら、「クーバフアーム」と名付けた里山を、試行錯誤しながら、切り盛りしています。場所は三重県の山奥。奥伊勢の一角です。
 おかげで今や、スリムな肉体に大変身。この1年で、10キロの体重減。なにやら栄養不足の影の声も・・・チラホラ?
 毎日を、上の写真のような笑顔ですごしたいものですネ。
この似顔絵は、元同僚の、招来猫子さんの作です。

連絡先 
(メール) giyan@ma.mctv.ne.jp   
   クーバフアーム所長   まで。

 

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