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「韓国強制併合」から100年。

 「韓国強制併合」からすでに100年
まだ、未解決の問題が山積。


本題に入る前に。
先ほど、川から戻りました。小さなアユ1匹だけの収穫です。
ゼロでは、ありませんでしたヨ。今晩の、貴重な食材です。

  


 さて、昨日の8月22日(日)は、「韓国併合条約」調印されて、ちょうど100年めに当たります。
 そして、きたる8月29日(日)は、この条約が公布され、発効した、「糾弾すべき日」です。

 この日の前後には、日本や韓国の各地で、さまざまな取り組みが行われています。
 三重県でも、「DAYS JAPAN」の「写真展」と併せて、「併合100年」の「写真展」が開催されます。
 是非、立ち寄ってください。

  東京では、1000人規模の集会がもたれました。
 新聞報道を、紹介します。

             ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

  「植民地主義の清算を」日韓市民 都内で集会

  
日本の植民地支配の問題について開かれた集会で、
「日韓市民共同宣言」を読み上げる参加者=22日午後、東京都豊島区


 
 会場周辺では、右翼の街宣車が大音響で嫌がらせを繰り返した。


 日韓併合条約調印から100年を迎えた22日、日本と韓国の市民グループが東京都内で集会を開き、
 日本の植民地支配による従軍慰安婦や強制労働などの問題について話し合い、
 日本政府に対し、被害者への謝罪や賠償を求めていくことなどを定めた「日韓市民共同宣言」を採択した。

 集会は日韓の市民でつくるネットワーク「強制併合100年共同行動」実行委員会が主催。
 日本側代表の伊藤成彦さんは、菅直人首相談話について「併合条約の不法、不当性を認めておらず、
 美しい言葉を並べたにすぎない」と指摘。

 日韓の市民が連携し、残された問題の解決を訴えていこうと呼び掛けた。

 韓国側代表のイ・イファさんも首相談話には「慰安婦や強制労働などへの言及がなく、問題はあいまいなまま残された」
 と指摘し「植民地主義の清算こそが東アジア共同体構築の近道だ」と訴えた。

                                                        2010/08/22 19:48 【共同通信】


             ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 さて、この条約をあらためて見ると、第一条には、

 「韓国皇帝が、大韓帝国(韓国)の一切の統治権を、完全かつ永久に、皇帝(天皇)に譲与する」

 という、驚くべき内容が書かれております。(句読点は、私が、読みやすいように、打ちました。)

 もう少し解説すれば、
 「韓国の皇帝は、韓国における一切の統治権(とうちけん=国土・国民を治める権利。「主権」と同じ)を、
 完全かつ永久に日本の天皇に譲与(じょうよ=無償で譲り与えること)する。」

 ということです。

 日本の天皇が、それを受諾、併合を承認した、ということになっています。
 一切合財を、ただで、天皇に譲る、というのです。
 さぞかし、日本は、強烈な恫喝を、死か服従か、を迫ったのでしょう。

 

 

 この条約は、それまでの日本の、武力的支配を、「合法的」に見せかけるための、茶番でした。
 これを主導したのが、当時の現役の陸軍大臣の、「寺内正毅(マサタケ)」という、人物です
 初代朝鮮総督として、天皇直属にして、立法・司法・行政・軍事の権限をすべて握っていました。
 いわば、朝鮮半島における「第二の天皇」とでも、言えばわかるでしょうか。
 彼には、「できないことは何もない」とまで、揶揄(やゆ)されていました。
 冗談に、「女を男にすることだけは、できないが」、とは言われていたそうですが。

  この日を境に、大韓帝国(韓国)という国名は、世界地図から消えました。単なる、「朝鮮」という「地域」にされたのです。

 しかも、形式的には、「韓国皇帝が、(植民地化を)望んで」おり、それを「日本の天皇が、(わざわざ)受け入れる」
 という、なんとも姑息で、腹黒い卑怯千万なやりかたでした。

 だから、日本では、いまだに「韓国併合」ではなく、「日韓併合」なんて呼んだりする輩(ヤカラ)もいます。
 この呼び方の裏には、日本と韓国が、対等の立場で、平和的に条約が結ばれた、
 という言葉のまやかしが隠されています。自民党の連中が、そうです。

 歴史を正しく見ると、「韓国併合」、いや「韓国強制併合」というのが、正確ではないでしょうか?

今日のブログで、「併合の歴史」を語るつもりは、ありません。
 ただ、当時、日本人のほとんどは、この「併合」を、歓喜したようです。私の親族も含めて。
 それだけは、今でも、口惜しいですネ。悲しいことです。

 圧倒的少数派ですが、「併合」を批判した人々もいました。
 その一人を、紹介します。

 石川啄木です。

 23歳のときの写真です。左は、金田一京助です。
 


 彼は、韓国併合の直後、唯一(!)これをメデイアで批判した人物です。
 批判は、1910年9月9日に作られた、1首の短歌でした。

   「地図の上、朝鮮国に黒々と、墨をぬりつつ秋風を聴く

 彼のこの詩に対して、鋭い考察をされているブログがありますので、一度のぞいてください。
 啄木については、『一握の砂』が有名ですが、多分、全文を読まれた方は、ほとんどいないのでは・・・?
 この機会に、是非チャレンジしてください。

 さて、私は、畑仕事の合間にでも読める、手持ちの本数冊を、簡単に紹介します。

 これは、中学生以上が対象でしょうね。
 あれやこれやの、詳しい歴史的諸事実は、書かれていません。
 ポイントだけです。それが、実に見事に、的を得ているというか・・・。
 私にとっては、読みやすかったですネ。

 

 これは、小学生・高学年以上でしょうか。

 
 

 活字は、どうも・・・、という方には、これらの「写真集」は、どうでしょうか。
 かなりヤバイ写真もありますが・・・。

 

 

 

 いずれも、私の手持ちの分ですから、たかがしれています。
 その他にも、結構、珍しい書籍もありますので、クーバフアームに来て頂ければ、お貸しできますヨ。

 100年たっても、まだ未解決な諸問題がたくさんあります。
 大阪には、在日の友人・知人がかなりおられます。
 
 そのうちの一人、Sさん(女性)は、ただ今キューバを旅しています。
 「指紋押捺拒否」を、一緒に行動した、友人です。
 足の関節が痛い、と言っていましたが、大丈夫でしょうかネ。
 また、私の知人、方清子(パン チョンジャ)さんは、「慰安婦」問題に、精力的に取り組まれておられます。
 29日には、「パネルデスカッション」に、パネラーとして出席されます。(下記案内参照)
 私も、無理をしてでも、参加しようかな・・・なんてネ。
 方(パン)さんには、「あなたは、まじめすぎて、おもしろくないわよ」(?)
 なんて、私はボロカスに言われていますが・・・。

        ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 
                 韓国強制併合100年の歴史を問い
「慰安婦」問題の真の解決を求める市民のつどい
~パネルディスカッション&市民宣言発表~


8月29日(日)14時~ (13:30開場)

総合生涯学習センター第1研修室(大阪駅前第2ビル5階
参加費:500円
主催:日本軍「慰安婦」問題関西ネットワーク

 韓国強制併合100年の今年は、朝鮮が植民地支配から解放されて65年、「慰安婦」問題が韓国の女性運動の中から提起されて20年を迎える年です。
 しかし、日本政府は戦後、植民地支配やアジアへの侵略といった過去の歴史と向き合うことなく、多くの課題を残したまま今日に至っています。
 私たちは日本の植民地支配の歴史を問い返す中で、置き去りにされた「慰安婦」問題の解決を困難にしていることは何かを考え、私たち市民ができることをともに考えましょう。 そして、この集会で「韓国強制併合100年市民宣言」を確認し、今こそ日本軍「慰安婦」問題の真の解決を求めましょう。


<パネラー>
 ● 戸塚悦朗さん    元龍谷大学法科大学院教授
               韓国「併合」条約の歴史検証
 ● 志水紀代子さん  追手門学院大学教員
               ジェンダーの視点から「慰安婦」問題の過去と現在を考える
 ● 方清子さん
               在日の立場から植民地支配の歴史を問い「慰安婦」問題の解決を訴える

市民宣言は、集会の日まで多くの賛同者を得ながら集会で発表し、政府にとどけたいと考えています。

 韓国強制併合100年市民宣言


 今こそ日本軍「慰安婦」問題の真の解決を求めます

 今年8月29日、日本が大韓帝国を強制的に併合した1910年から100年を迎えます。

 当時の軍国主義国家日本は、朝鮮半島を植民地支配した36年間、朝鮮民族に対して筆舌に尽くせない蛮行を行ないました。所有地を取りあげ、独立運動を弾圧し、創氏改名・朝鮮語の使用禁止・強制労働・徴兵などを押しつけながら、すべての朝鮮人を大日本帝国の臣民として、さらなる侵略戦争遂行に動員したのです。

 女性たちも例外ではありませんでした。日本軍は、アジア・太平洋へと拡大していく戦地のありとあらゆる所に「慰安所」を設け、朝鮮人をはじめとする多くのアジアの国々の女性を甘言や強圧によって連行、監禁し、日本軍兵士への戦場での「慰安」を強要したのです。日本政府は独自調査の結果、1993年「河野官房長官談話」で、この事実を認めています。これが、日本軍性奴隷制度、いわゆる日本軍「慰安婦」問題です。
 1945年8月15日の敗戦・解放は「慰安婦」とされた女性たちにとって真の解放とはならず、戦後50年もの間、歴史の闇に葬られてきたのです。
 1991年、「私が『慰安婦』だった」と最初に名乗り出た金学順さんをはじめ、多くの被害女性たちは、歴史の真実と日本政府からの謝罪、尊厳回復を求めて立ち上がったのです。その後も、国民からの償い金を集めてつくられた「女性のためのアジア平和国民基金」ではなく、日本政府の公式謝罪や補償が被害者一人ひとりに行われることを求め続けています。
 しかし、日本政府は加害の歴史的事実に向き合うことなく、今日に至っています。在日朝鮮人が現在も引き続き法的・社会的に被差別状態に置かれていることも、その端的な表れであると言えます。真に平和と人権を尊重する国になるために、このようなことを二度と繰り返さないために、一刻も早く戦後清算を果たさなければなりません。
 私たちに残された時間は、もう多くはありません。「再び私たちのような被害者を生み出さないで」と名乗り出られた被害女性の願いに、私たち市民一人ひとりがどう応えるのかが、今問われています。
 韓国強制併合100年の今年こそ、被害者に公式謝罪と補償を届け、日本軍「慰安婦」問題の真の解決を実現することを、私たちは強く求めます。

  2010年8月29日

 賛同市民(この下に皆様のお名前が入ります)

                 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 微力ながらも、いちフアーマーとして、在日の友人・知人に恥じないように、可能な限りの連帯をしたいと思います。
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プロフィール

    「ぎーやん」

Author:    「ぎーやん」
 定年を待たずに退職し、長年の夢だった「自給自足的生活」に、無謀にも挑戦しています。
 たった一人で、日夜、鳥獣と格闘しながら、「クーバフアーム」と名付けた里山を、試行錯誤しながら、切り盛りしています。場所は三重県の山奥。奥伊勢の一角です。
 おかげで今や、スリムな肉体に大変身。この1年で、10キロの体重減。なにやら栄養不足の影の声も・・・チラホラ?
 毎日を、上の写真のような笑顔ですごしたいものですネ。
この似顔絵は、元同僚の、招来猫子さんの作です。

連絡先 
(メール) giyan@ma.mctv.ne.jp   
   クーバフアーム所長   まで。

 

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