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「8月6日」に言いたいこと、二言。

「8月6日」に言いたいこと、二言。



はじめに



 今日は、8月6日原爆ヒロシマに投下された日。午前8時15分が、その時刻。



 朝の収穫(下の写真)を終え、にわとりさんたちに、収穫のおすそ分け(下の写真)をした後、テレビをつけると、

 例年のように「平和式典」が行われている。



 



 



 



 今年は、国連事務総長アメリカ代表の参加で、変化が見られる、らしい。

  だが、これだけでマスコミのように「核軍縮新たな前進だ」、などと簡単に評価することは、私にはできない

 世界で最大の核兵器を持っている国、イラク、アフガニスタンにいまだに軍隊を駐留させている国、アメリカ。

 そんな国を、どうして信用できる?

 アフガンでは、増兵すら計画しているオバマを、信用できる?とても無理!無理!



でも、行政のやる式典は、いつまでたっても、なじめないね。

 毎年同じパターン。

 スムーズすぎる、進行。

 湧きだつ感情が、感じられない。

 怒りが、ない。

 ・・・・。

 ・・・・。



 そして、暑いね。まあ、山の中だから、大阪ほどではないけど。

 65年前のヒロシマも、きっと蒸し暑かっただろうね。今日みたいに。



 所ジョージさんが、「熱中症」で倒れたそうですね。

 それも、夜7時ごろ、畑作業をしている最中に、だそうで。

 私も、他人事じゃ、ありませんよ。彼は、55歳らしい。私58歳。

 でも「熱中症」って、昔からあったはずなのに、最近だね、これほどうるさく言われはじめたのは。

 どうしてかな?



 そしてこの蒸し暑い「8月6日」に、言っておきたいこと、二つ。



 第一番目。お誕生日の話。



 
Mjukaのヘアゼザイナーのjunさんお誕生日ですね。おめでとうございます。

 記念に、niinaのミニアルバム Smile☆Signを、プレゼントします。(←クリック)



 



 きっと、気に入ると思います。

 彼女のブログも一度のぞいてやってください。(←クリック)



 どういうわけか隣りの家の姪(めい)の連れ合いも、誕生日だそうで。(←クリック)

 ついでで、申し訳ありませんが、おめでとうございます。

 家族でお祝いしてもらったかな?

 紹介ついでに、その連れ合いさんのブログを紹介します。(←クリック)

 最近、更新されておらず、休眠中ですが、再開への刺激にはなると思います。



  お二人とも、昨日に一歳増えたたことを、ごぞんじでしたか?

 「年齢計算に関する法律」なんてものがあって、生まれた日を1日として数えていくと、

 次の歳の誕生日は366日目だから、1日多くなってしまうので、誕生日の前の日に、一歳増えるんだって、さ。

 

 第二番目。「報道管制とマスコミの報道」について。

 

 お二人の誕生日のお祝いのブログで恐縮ですが、やはり「原爆と報道」のことに触れない訳にはいきません。

 これも、何かのだと思って・・・。



 原爆直後の日本は、アメリカ占領軍とそのお先棒を担ぐ日本政府、マスコミによって、

 厳しい報道管制がしかれていました。

 すべての真実が覆い隠されていたのです。

 このことについては、前回、前々回のブログでも取り上げました。

 マスコミが、時の権力者と一体になっていることについては、昔も今も、本質的には、変わりませんが。



 「原爆の被害」を、アメリカ占領軍は、執拗に隠しました。

 その結果、時間が経つにつれ、原爆被害が、人々の記憶から薄れていき、

 「原爆投下は当然」というアメリカの主張が、マスコミの力でまかり通ろうとしていました。



 これに、公然と叛旗をひるがえしたのが、「原爆の図」を描いた、

 丸木位里・丸木俊さん夫妻でした。

 

  



 位里さんは、こう言いました。



 この絵が描かれた直接の動機は、



 「原爆の投下からしばらくたつと、もう原爆のことを話す人さえいなくなってきた。

 ・・・まだ占領下で、言ってはいけない世の中がつづいておったんだ。

 わたしたちは、原爆をうやむやにするわけにはいかない・・・。」、と。
(『流々遍歴』)



 1950年、「原爆の図」が第三部まで、完成しました。

 そして東京のデパートで、初の展覧会が開かれました。

 当時は「原爆の被害」の写真報道は、固く禁じられていたので、

 この原爆の絵に対する反響は、大きかったようです。

 検閲体制の元で、よくぞまあ、このような絵が公開できたものですね。

 相当な覚悟を持って、臨んだのでしょうね。



 お二人については、いずれまたふれることにします。

 特に、俊さんには、泊めてもらい、朝から焼酎をご馳走になったお礼もありますので・・・。



 そして、「原爆の図」に遅れて、原爆の写真がはじめて公開されたのは、1952年8月6日号の『アサヒグラフ』(定価40円)でした。

 私が生まれた年の、8月6日です。

 

 



 



 どうも「講和条約」の締結(1952年4月)を待っていたようですね。

 それでも、命が危険にさらされるかも、という危険を感じながら、編集長は公開を決断したのです。

 

 



 これらの写真は、再刊された号のものです。

 背黒に白地の文書は、再刊にあたってのは「断り書き」です。

 写真報道が、「異常な衝撃」を与えたこと、4回増刷し、70万部発行されたことなどが、記載されています。



  



 今見ても、衝撃的な写真ばかりです。

 「1枚の写真が、国家を動かすこともある」とは、DAYS JAPAN の合言葉ですが、

 この報道写真は、国全体を揺るがせました。大きな反原爆の、反核の意識を大衆の中に芽生えさせました。

 マスコミの力は、げに恐ろしきかな。

 報道しないことによって、あるいは、報道することによって。昔も、今も。

  

 



 



 

 

 



 マスコミ批判については、いずれまたの機会に。

 きょうは、挨拶程度で。



 
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プロフィール

    「ぎーやん」

Author:    「ぎーやん」
 定年を待たずに退職し、長年の夢だった「自給自足的生活」に、無謀にも挑戦しています。
 たった一人で、日夜、鳥獣と格闘しながら、「クーバフアーム」と名付けた里山を、試行錯誤しながら、切り盛りしています。場所は三重県の山奥。奥伊勢の一角です。
 おかげで今や、スリムな肉体に大変身。この1年で、10キロの体重減。なにやら栄養不足の影の声も・・・チラホラ?
 毎日を、上の写真のような笑顔ですごしたいものですネ。
この似顔絵は、元同僚の、招来猫子さんの作です。

連絡先 
(メール) giyan@ma.mctv.ne.jp   
   クーバフアーム所長   まで。

 

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