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原爆詩人・栗原貞子は革命的ロマンチスト(1)

原爆詩人・「栗原貞子」は革命的ロマンチストだった。

    (その1)



 8月6日が近づくと、どうしても「原爆詩人」にふれないわけには、いかないのです。

 畑作業をしていても、雑草刈りをしていても、つい気になってしまうのですよ。

 クーバ式ユッタリズムには、なかなか到達しませんね。

 もう少し、頭の中を空っぽにしたいのですが・・・。



 少し前のブログで、原民喜『夏の花』を、是非読んでください、お願いしました。

 これは、被爆を実際に経験した作者の、「生々しい惨劇」のリアルな描写です。

 『夏の花』というのは、正確に言えば、『夏の花』三部作といい、「壊滅の序曲」「夏の花」「廃墟から」からなります。

 文庫本で、すぐに入手できますので、一冊は家庭に置いておきましょう。

 そして、毎年8月には目を通し、「原爆の風化」に対抗しましょう。

 

 さて、今日は、「原爆詩人」を、少しだけ語りましょうか。



 皆さんは、「原爆詩人」と聞けば、まず「峠三吉」を思い浮かべるでしょうね。

 巻頭の詩 「ちちをかえせ 母をかえせ・・・・」は、あまりにも有名ですから・・・。



  



                               



                             ちちをかえせ ははをかえせ

                             としよりをかえせ

                             こどもをかえせ



                             わたしをかえせ わたしにつながる

                             にんげんをかえせ



                             にんげんの にんげんのよのあるかぎり

                             くずれぬへいわを

                             へいわをかえせ




 この詩集は、1952年に「青木文庫」から出版されました。私が生まれた年です。

 被爆からは、かなりたっていますね。



  



 でも、峠三吉よりも前、被爆直後から、占領軍のプレス・コード

 (出版物の検閲制度。占領軍に不利な報道、たとえば原爆の惨状などは厳しく禁止された。)

 のもとで、それに抵抗して、原爆を書いた人たちがいました。

 栗原貞子、正田篠枝、大田洋子、原民喜、丸木位里・赤松俊(絵本「ピカドン」は発禁処分を受けた。)。



 その代表格が、これから紹介する「栗原貞子さんです。



 栗原貞子さんは、夫の栗原唯一さんたちと、終戦後すぐの1945年の12月に「中国文化連盟」を結成し、

 本格的な文化活動を開始しました。

 中国、というのは、国名ではなく、中国地方(東海地方とか、近畿地方とかの意味)をさします。

 下の写真は、その「組織綱領」です。

 努力して、読んでみてください。かなり、きっちりしていますね。驚き!



 いきなりこのような組織ができたわけではなく、そこに至るまでの、彼女の「革命的ロマンチズム」の歴史があるのです。

 夫、栗原唯一との間に。

 むしろ、私は、そちらのほうが関心が高いのですが・・・。



 



 



 翌1946年3月、機関誌『中国文化』(原子爆弾特集号)を創刊しました。(下の写真)

 どうして、そんなふるい雑誌をもっているのか?ですって。

 実はこれ、1981年の「復刻版」なのです。

 「復刻版」を持っていること自体、我ながら驚きですが。



  



 プレス・コードのもとでの発行ですから、かなり内容に制約があったようです。

 「事前検閲」と「事後検閲」。相当、占領軍から、厳しい追及を受けました。

 そのときのようすが、復刻版の資料編『どきゅめんと 私記「占領」』に、詳しく載っています。



 



 



 

 私からみれば、発行そのものが、奇跡的ですね。

 ですから、栗原唯一巻頭文は、苦し紛れに、占領軍をたたえるかのように、このように書いています。



 (現代語風に、少し手をくわえました。)

 「実に、広島の原始爆弾は、我々に平和を与えた直接の一弾だった。もし、それがなかったら、

 ・・・・・やがて文字通り日本民族は、亡びたであろう」


 

 



 



 この文書のいきさつについても、同上の『どきゅめんと 私記「占領」』に詳しく載っているので、

 必要な方は、申し出てください。コピーを差し上げます。



 



 そして、栗原貞子の「代表作」である詩、「生ましめんかな」が、

 この雑誌で初めて発表されました。

 若干、読みにくいですが、我慢して読んでみてください。



 



 



 この詩は、原爆が投下された夜、防空壕に避難していた被爆者の1人が突然産気づき、

 同じ地下壕内に避難していた1人の産婆が、自らの怪我を省みずに、無事赤子を取り上げるが、

 それと引き換えに、自分の命を落とした、という内容です。



 この詩は、郵便局地下壕で実際に起った出来事を聞いた栗原貞子が、脚色を加えて作った詩です。

 (事実では、産婆は生き残り、後に取上げた子供と再会している、という。)



 読んでみて、どうでしたか?感想は?

 できれば、8月6日の、午前8時15分に、再度読んでみてください。

 原爆と、その直後のヒロシマをイメージしながら。

 

 この雑誌は、1948年7月の最終号まで、原爆問題についての先駆者となりました。

 

 (今日は、雑草刈り、で少々疲れたので、続きは次回にします。)









 



 

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プロフィール

    「ぎーやん」

Author:    「ぎーやん」
 定年を待たずに退職し、長年の夢だった「自給自足的生活」に、無謀にも挑戦しています。
 たった一人で、日夜、鳥獣と格闘しながら、「クーバフアーム」と名付けた里山を、試行錯誤しながら、切り盛りしています。場所は三重県の山奥。奥伊勢の一角です。
 おかげで今や、スリムな肉体に大変身。この1年で、10キロの体重減。なにやら栄養不足の影の声も・・・チラホラ?
 毎日を、上の写真のような笑顔ですごしたいものですネ。
この似顔絵は、元同僚の、招来猫子さんの作です。

連絡先 
(メール) giyan@ma.mctv.ne.jp   
   クーバフアーム所長   まで。

 

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