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沖縄エピソードと雑感(その2)

明日は沖縄で、10万人の県民集会が開催されます

沖縄エピソードと雑感(その2)



 明日3時から、沖縄の読谷村(よみたんそん)

 「米軍普天間飛行場の早期閉鎖・返還と県内移設に反対し、

 国外・県外移設を求める県民大会」
が、10万人規模で開催されます。

 本土の私の友人も参加します。



 沖縄大好きフアーマの私も参加したいのですが、諸事情のため

 断念しました。



 政府与党は、どう応えるのでしょうか?

 あの政治音痴の、平野官房長官なら

 「大規模集会といえども、移設問題に直接影響を及ぼすとは、思っていません」

 ぐらいは言いかねませんね。うわさでは、どうも彼の首は、危ういようですよ。



 この集会の成功が、鳩山首相の首をとることも、十分ありえますよね。

 管直人財務相も、今頃は虎視眈々と、総理の後釜を狙っているのでしょう。

 反小沢の急先鋒の前原誠司国土交通相にも、なにやらきな臭い動きがあるようですが。



 さて、前回では沖縄との最初の関わりのエピソードを紹介しましたが、

 当時の写真が出てきましたので、紹介します。

 ピンボケして見えにくいのは勘弁してください。個人情報保護のためですから?

 順不同で紹介します。



 (1)これは多分、読谷村の近くの海岸だと思います。

  ひよっとしたら、恩納村の万座毛かも。

    贅肉が全然ないので、前の職場の人は、今の私と同一人物とは思わないでしょうね。

 

  (2)「琉球大学」を訪問しました。

 

 (3)伊江島の海岸でキャンプしました。

   マムシよりもはるかに恐ろしい、ハブにだけは襲われないように、神経を使いました。

 

 (4)北のはずれの方で、バスに乗せてもらいました。

   もちろん、自転車ごとです。

   大阪じゃ、ありえないことでしょうね。

   それにしても、いい肌色してますね。

   このあたりは、ジャングルのようで、時々迷彩服を着た米兵が集団で道を横切ります。

   ドキドキしながら自転車で駆け抜けました。

 

   奥にいるのは、相棒の竹*君です。

 



  (5)下の2枚は、沖縄本島最北端の、辺戸岬のがけっぷちに立っているところです。

  



  

 (6)公民館に泊めてもらいました。

   東村(ひがしそん)の魚(ゆう)というところです。

  

 (7)暗くなったら、ここでテントを張ろうと、待っているところです。

   恩納村(おんなそん)のタイガービーチか、屋我地(やがじ)のビーチです。

   でも、晩にはもっとにぎやかになり、結局うるさくて寝れませんでした。

   しかも、方言がまるで理解できなくて、ストレスでした。



  

  (8)おまけの写真です。

    これは私の大好きなチェ・ゲバラです。

    彼は大学生の頃は、無謀なサイクリストでした。

 



  (9)私は、大学生の頃は、ハチャメチャなサイクリストでした。

    

  

  (10)このころは、かわいかったのですけどね。

    

  



  





 

 

 





 



 
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沖縄エピソードと雑感(その1)

大好きな沖縄どえらいことになっています。

 エピソードその1



 沖縄の「普天間基地」移設をめぐり、大変な騒ぎになっていますね。

 民主党の鳩山さんたちは、「国外、最低でも県外」移設の公約で、権力を握ったのに、

 今じゃ、沖縄県のホワイトビーチ勝連半島沖に巨大な軍事基地を新設し、

 自衛隊も米軍に一体化させて、基地機能を集中させようとしています。

 これって、ほとんど詐欺じゃない?沖縄県民をあまりにも愚弄していませんか!

 民主党首脳は、詐欺師の集団か?沖縄差別者の集団か?

 沖縄大好きフアーマとしては、もう黙ってはおれない。

 来る25日(日曜日)には、10万人の抗議集会が現地で準備されています。

 沖縄にかけ散じる余裕はありませんが、心から連帯したいと思います。



 新基地の埋め立てに10年かかるので、その間、鹿児島県の徳之島に訓練移転するという。

 徳之島の住民も怒りまくっていましたね。

 先日の日曜日(18日)の抗議集会には、島民の半分以上の1万5000人が集まったと。

 前職場の、徳之島出身の友人看護師(所長)のNさん、どえらいことになりましたね。

 ご家族の方はどう言っておられますか?

 

  (下は時事通信の写真より)



 



 



 



 私と沖縄との付き合いはかなり古いのです。

 最初に沖縄に行ったのは、1972年の8月でした。

 その年の5月14日までは、沖縄は米国の支配下にありました。

 だから、沖縄に行くのにもパスポートが必要でした。

 でも5月15日に、米軍基地つきの返還がなされ、一応日本に復帰となり、パスポ-トなしで行けました。

 通貨もドルから円になっていました。(一ドル=360円



 大学二年の私は、同級生でサイクリング部仲間の友人(竹*君、現高校数学教師)と二人で、

 大阪弁天港からフエリーで沖縄に渡り、自転車で8月17日から8月23日までの一週間をかけ、

 沖縄本島を一周しました。

 ある日は、大阪に越境入学していた家庭教師の教え子の実家に泊まり、

 ある日は、砂浜にテントを張り、(ここの人々は、夜通し海岸で遊びます。でも方言は一言も分からなかった。)

 又ある日は、公民館に泊まり、また見ず知らずの方の「泊まれ、とまれ」の催促に根負けしたりと、 

 珍道中でした。

 時間にあくせくしないという、クーバ(キューバ)に似た雰囲気があるように思います。



 そのときの地図が、まだ手元に残っていました。

 1971年作成の、返還前の地図です。

 自転車で走ったルートが赤ペンで記されています。

 もちろん問題となっているホワイトビーチにも行きました。



 



 大好きな沖縄を、これ以上苦しめることは許せん。

 「基地移設」というから、あれやこれやと悩むんやで。

 基地をすっきりと撤去したらええねん。

 アメリカが日本を守るやて、そんなことアメリカ人が聞いたら、チャンチャラおかしいて、笑うデ。

 米軍の海兵隊の誰一人として、日本を守るためなんて思ってないで。これほんまやデ。



 残念ながら、旅の写真は大阪に保管してあるので、

 今度大阪に行ったときに、「エピソードその2」で追加してブログに載せます。



 

 

 



 

 

 

なにわの「女水戸黄門」御一行様 来訪

大阪から「女水戸黄門」御一行様がやってきました。



 前の病院職場の「園芸部」の仲間4人が、昨日、我がフアームにやってきました。



 すでに退職したなにわの「女水戸黄門」の近*さんは、今でも病院裏のミニ畑を管理しています。

 今回が二度目の訪問です。前回は、愛犬同伴の一泊でした。今回は日帰りです。

 黄門さんの付き添いの河*さんは、定年退職後、嘱託として午前中、病院でメッセンジャー業務をこなしています。

 少し頼りない助さんの塚*君格さんの橋*君は、現役の医事課職員とシステムエンジニアです。

 橋*君は、三重県伊勢市出身で、私の高校の後輩にあたります。まだ新婚ほやほやです。

 あくまで想像ですが、大阪からの道中、黄門さんのあほ話をさんざん聞かされながらの旅だったに違いありません。

 黄門さんからは、タオルやテイッシュペーパなどの生活必需品と、自家製の野菜を土産にいただきました。

 付き添いの河*さんからは、娘の嫁ぎ先の、奄美大島のケーキをいただきました。

 ありがとうございました。



 さて、黄門さんは来た早々、フアームのチェックに入ります。

 「ナスビは、霜対策をせなあかんで」「ミニトマトは、もう少し植える間隔をあけないかんで」・・・・。

 私は「ハハアー」と、ひれ伏すばかりです。



 次にたけのこの採取に入ります。

 黄門さんと付き添いは、探すのが仕事。掘るのは、助さんと格さん、そして私。



 普段、パソコンしかいじらない橋*君は、必死の形相で格闘しました。

 今頃、腰が痛いんではないかいのう。新婚の連れ合いに怒られても、わしゃ知らんで。



 



 体が大きい、塚*君は棒切れで格闘しています。これは性格の現れ?



 



 黄門さんは、あれやこれやと指図しています。

 「そこにもあるやろ、しっかり見なあかんで」

 絶対に掘ることはしません。

 

 



 付き添いの河*さんも、自分では掘りませんが、掘った跡の穴を丹念に埋めています。

 これも性格の表れ?



 



 「大阪で灰汁(あく)取りするのはめんどうや、ここで、なべで煮ていこ」という、黄門さんの

 鶴の一声で、メガネスト-ブで煮ることになりました。

 例によって、火の番は、助さん、格さんの役目です。

 

 



 合計で30本は取ったでしょうか?

 猪さん、根こそぎ採ってもうて、かんにんやで。

 全部、黄門さんのせいやで。



 はるばると、なにわから来園していただいたので、

 お礼に車で10分の所の「犬戻り峡」に案内しました。

 ここには、めったに人は来ませんが、すばらしい秘境です。



 



 この滝は、決して箕面の滝にも負けませんよ。



 



 黄門さんは、病院に飾る花を物色しています。

 左側は、巨大な岩です。



 



 この花がやけに気になるようでした。

 すでに病院のトイレにかざってあるかもね?



 



 がけの金網の中に咲いている花がきれいです。



  



 日帰りの、あっという間の訪問でした。

 又のお越しを待っています。

 今度の土産は、小麦粉とだし醤油、それと焼酎がいいなあ。

 

 



 

 

夫婦(めおと)杉とは如何に

夫婦(めおと)杉とは、如何に?



 私は大阪との行き帰りには、高見山のふもとを通る「高見トンネル」をくぐってきます。

 このトンネルの前後を通るに際しては、さまざまなアクシデントに見舞われています。

 おいおい、それについては報告していきますが、

このトンネルを通ると、三重県側は松阪市になります。

 166号線をしばらく車で走ると、香肌峡という、

自然が満喫できる渓谷があります。

 ここらもいずれ報告していきますが、今回は

この渓谷の近くにある「黒瀧神社」を紹介します。

 

 













 神社そのものについては、神・仏を信じない「無神論者」の私にとっては、

 関心が浅いのですが、そこの大杉には大いに関心がひかれました。

 







 樹齢500年、樹高38メートル、周囲8.85メートル。

 県下最大級(最大ではないのかあな?)の大杉です。







 杉の樹命は500年ですから、杉としての人生(?)を、ほぼまっとうされました。

 途中から二本に分かれているので「夫婦(めおと)杉」と命名されています。



 どういうわけか、全国各地で、途中から分かれている木を

 「夫婦**」と命名することが多いようです。

 私に言わせれば、途中から分かれたんなら、

 「別れ**」とか、「離縁**」と命名するほうがピッたしなんですけどね。

 まあ、それは別にして、なかなか見事です。





 



 



 



 この黒滝神社の大杉も見事ですが、私が推薦するのは、

 奈良県の玉置(たまき)神社杉群です。

 「熊野三山の奥の宮」と呼ばれていますが、ここの杉群は日本屈指です。

 十津川村にあります。

 残念ながら、今回は写真はありませんが、そのうちに写真報告します。



 前の職場に、屋久島出身の師長(婦長)さんがおられましたが、

 屋久島の「縄文杉」に比べたら、屁のような物でしょうか?

 なんせこの杉は、樹齢3000年以上ですから、別格です。



 「Mjuka」のヘアデザイナー、Dさんの出身地・石川県の加賀市の菅原神社には、

 樹高54.8メートル、樹齢2300年の大杉があります。もう行かれましたか?

 日本では、縄文杉に次ぎ、二番目の古さです。



 大阪の友人の一人に「たまきさん」という方がおられますが、

 たまきさんには、ぜひとも玉置(たまき)神社の杉群を鑑賞してほしいですね。



 最後を、親父ギャグで閉めました。





雨後のたけのこ

雨後のたけのこ



 雨もようやく上がりました。

 ことわざにも「雨後のたけのこ」とあるように、雨後はたけのこが、あちこちで顔を出します。

 私も、フアームの近くの土手の竹やぶに探しにいきました。

 ありましたよ。

 ここは、私だけしか取りに来ません。



 



 これだけ顔をだすと、あくが強くなるので、

 できれば顔を出す前のものがいいらしい。

 足で踏んで、硬いものがコツンとあたれば、それがたけのこ。

 石を踏むことも、多々あるけどね。

 

 



 10本獲得しました。3本は近所の人に差し上げました。

 

 



 

 

 



 



 流水でアクを取ります。

 

 



 そして、料理しました。ネギと一緒に煮ました。

 おいしく出来上がりました。



 





 フアームの裏の竹林にも、何本も顔をだしています。

 売るほどにはありません。

 あまり沢山とっても食べきれないので、そのままにしてあります。

 猪が狙っているのはわかっているのですが・・・・。



 私の生活も「たけのこ生活」にならないようにがんばります。

 



 



 



 



 

 

大内山隕石事件

大内山隕石(?)事件の紹介



 気分転換に、今から30年近く前の、

 一部研究者をさわがせた「大内山隕石事件」を紹介します。



 下の岩石を見てください。

 普通の石には見えないでしょう?

 焼けただれたような形跡があり、どうも自然石ではないようです。

 これは父親が1981年に、人里はなれた、標高500メートルの林の中で見つけたものです。

 ひとつだけ、ポツンと地表面にあったそうです。

 

 



 



 裏面の一部がカットしてあるのは、将来置物にしようと考えたからです。

 



 



 この石が、どういう経緯かは知りませんが、

 当時、三重県立津西高校の地学の先生をしておられた

 磯部克先生のもとに届けられました。

 先生は、過去に2000点の岩石を検鏡してきた経験から

 隕石ではないかと疑われました。

 先生は、すぐに横浜国大の島誠教授や、日本地学研究館長の益富寿之助氏に鑑定を依頼されました。

 しかし両先生の結論は、いずれも鑑定不能という返事でした。



 ここで磯部先生は、「未完成な論文」とことわった上で、途中経過を

 津西高校の「紀要」(No9)に発表されました。

 そこには、隕石であるに違いない、というロマンと確信めいた雰囲気が漂っていました。

 

 



 



 その後先生は、国立科学博物館の研究員である島正子先生に鑑定を依頼されました。

 島先生は、隕石に関する日本のエキスパートです。

 父親が発端で、えらいことになってしまいました。

 さて、結果はいかに・・・・・?

 

  



  



  



  



 γ線のスペクトルで、26Alのピークが出ないので、

 「隕石ではありません」のつれない回答でした。

磯部先生は、さぞかしがっかりされたことでしょう。

これが「大内山隕石事件」の顛末です。



 日本の一部研究者を巻き込んだ、「迷惑事件」でした。

 

 でも父親は、いまだに「隕石であるに違いない」、と信じ

 家宝のように大事にしまってあります。





 

 



 

続きを読む

初めて流木で商品を作りました。

流木で作った初めての商品



 大阪のヘアアデザイナー mjuka(ミューカ )の じゅんこさんから

 「ひいきの店の各種宣伝紙・誌を飾る棚をつくってほしい」と依頼されました。

 条件は、「縦20センチ。横15センチぐらいのチラシが収まることと、

 古い板でつくってほしい」ということだけでした。

 後はお任せ、ということのようでした。

 そこで、作ってみました。



 



 めぼしい板がなかったので、山で拾ってきた杉の木の裂けた板切れを使いました。

 足元がぐらつくので、これも山から拾ってきた流木を使いました。

 さすがそのままではみすぼらしいので、ペンキでこげ茶色に塗りました。





 



 問題は宣伝紙を入れる小箱です。

 材料は、姪にもらった板切れを使いました。

 これだけはこまめに作りました。

 6個作るのに、かなり時間と根気を使いました。



 

 

 



 そして完成です。

 かなり独創的ですね。というか、ヘンテコリンというか。まあ、いいか。

 世界に二つとないものです。

 初めての製品にしてはまあまあですね。

 

 



 で、大阪の店に飾ってもらったのが下のの写真です。

 材料費はペンキ代と釘代で300円。後は人件費です。

 ほとんど試作品に近いので、

 多分、大阪のおいしい回転寿司をおごってもらって、チャラになるでしょう。

 一度、福島のお店によって覗いてみてください。

 場所は、このブログにお店のリンクをはってあるので、見てください。

 

 



大阪に納品に行くのに、夜の山道を走りました。

 ここは、高見トンネルの手前の三重県側です。

 夜空に桜がきれいにちょうちんライトアップされていました。

 でも人は誰もいませんでした。



 







 

 



 

 

 

 

「美しいものには毒がある」の巻

小屋の前にきれいだけれども恐ろしい水仙が咲いています。



 3月から4月似かけて、我が小屋の前には水仙が咲き乱れます。

 水仙は、福井県の県花です。

 実は、この花は有毒なんですよね。しっていた?

 花よりも団子の私は、全然知らなんだ。

 小屋の前の、ねぎを植えたところに、この花の球根も混じっていたもんだから、

 ねぎと一緒に、水仙の茎も刈り取って、味噌汁の具にしてしまいました。

 だいぶん前の馬鹿で、情けない話ですけどね。

 



 



 

 

 



 そしたら、味噌汁を飲んだ直後から、気分が悪くなってきました。

 「なんじゃ、これは。おかしいぞ。」

 そうこうするうちに、吐き気がしてきました。

 「ゲエー、ゲー、ゲー」

 胃の中のもの全部、吐き出してしまいました。

 何とか、我が一命は無事でした。

 この時点では、原因はわかりませんでした。

 誰かに毒をもられたかな?

 そういえば、ねぎにしては太い茎がまじっていたなあ。

 でも、これが原因だとは知りません。

 あくる日、姪に聞いてみました。

 なんと、ねぎと間違えた茎は、実は水仙で、有毒だというのです。

 アチャ。

 小2の時丸君からは、「あほとちゃうか」と、完璧に馬鹿にされました。

 追い討ちをかけて、「そんなもん、ヤギも食わへんで」と。

 どうも俺はヤギ以下のようです。



 



 



 でも水仙は、見た目はきれいだし、茎はニラに似ておいしそうだし、

 球根は、小タマネギに似て、これもおいしそうだし、

 「美しいものには毒がある」ということを、この歳になって学びなおしました。



水仙とは、何の関係もありませんが、

梅の実がなりはじめました。

    

 





 

 

 

 

鶏を共同で飼うことになりました。

鶏(6羽)を、姪と共同で飼うことになりました。



 以前から鶏(ニワトリ)を飼いたかったのですが、

 留守にすることが多いので、ちゅうちょしていました。

 ところが、姪が「共同で飼わへん」と、すばらしい提案をしてくれたので、

 飛びつきました。

 段取りはすべて、姪がやってくれました。

 ヒヨコを6羽、通販で購入したようです。送料込みで5000円強



 3月5日、島根県生まれのヒナたち。ちょうど今日でひと月たちました。

 もう、元気いっぱいです。

 ボリスブラウンという種類です。

 赤玉の卵を産みます。

 

 



 



 



 小屋は、先輩の鶏たち(すでに他界)が使っていたのを拝借することにしました。

 小屋の中の古い土をとり除き、川原で採取した砂をしきつめました。

  砂は、姪と時丸君の3人で、二台の一輪車で「ヒーコラ、ヒーコラ」いいながら運びました。

  その上に、枯れたカヤの葉をしきつめました。

 来週早々、豪華なアバラ小屋に引越しです。















 無事に育てば、6月ころから卵を産みます。







 

 

 



 



 

たけのこご飯をご馳走になりました。

たけのこご飯をご馳走になりました。



 今年初めてのたけのこが取れました。

 それもかわいらしい1本のみ。

 これを見事に使って、姪がご馳走してくれました。

 たけのこご飯です。

 姪は水加減を間違えた、と言っていましたが、なんのなんの、おいしかったですよ。





 贅沢にも、橋の上で、時丸君と夕桜を観賞しながらの食事会でした。

 大阪では、こんな贅沢はまず味わえません。

 

 

 



 



 



 かの有名な猫の「福ちゃん」も同伴してくれました。

 



 

 

 



 



我が小屋の前の桜は、 今一番きれいです。

 大阪の桜ノ宮ように、人がゴチャゴチャいないのがいいですね。

 

















 

 
ワンコウォッチ[ジュエリック・シルバー]
プロフィール

    「ぎーやん」

Author:    「ぎーやん」
 定年を待たずに退職し、長年の夢だった「自給自足的生活」に、無謀にも挑戦しています。
 たった一人で、日夜、鳥獣と格闘しながら、「クーバフアーム」と名付けた里山を、試行錯誤しながら、切り盛りしています。場所は三重県の山奥。奥伊勢の一角です。
 おかげで今や、スリムな肉体に大変身。この1年で、10キロの体重減。なにやら栄養不足の影の声も・・・チラホラ?
 毎日を、上の写真のような笑顔ですごしたいものですネ。
この似顔絵は、元同僚の、招来猫子さんの作です。

連絡先 
(メール) giyan@ma.mctv.ne.jp   
   クーバフアーム所長   まで。

 

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